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2015年7月、30歳の時に、初めての自作公演である『Field Pray#1どうすれば美しい運動が生まれるか。』をアトリエ劇研にて上演した。当時、身体構造やダンステクニックの歴史について興味があったことと、自身及び自身の生まれた土地についてフィールドワークを行い紀州・熊野について考えることとを主軸にして作品を作った。

それからの5年間、レヴィ・ストロースの「野生の思考」、ルネ・デュボスの「人間と適応」、コンラート・ローレンツの「攻撃」、ユクスキュル/クリサートの「生物から見た世界」、アンドレ・ルロワ=グーランの「身ぶりと言葉」、野本寛一の「石の民俗」、五来重の「吉野・熊野信仰の研究」、そして中上健次に出会う。これらの書籍は、わかったようなわからないようなものだったが、ちらちらと燃える知性への憧れを満たしてくれたように思う。

 

ある時、洞窟画は洞窟の中でちらちらとした灯火の中で動いているように見えるのだと言うことを知った。合わせて、洞窟がのあるところで松明を焚くと30分後には酸欠状態になり、幻覚を見るということを知った。それなら、劇場も洞窟みたいなものだろうと考えた。真暗な場所で、灯りを焚き、それを眺める人がいる。劇場に訪れた人々にとって、劇場への扉はあちら側への入り口で、奥から洞窟画を演ずる物たちがやってくる。

本作品では、私のもつ野生と知性への憧れから、舞台上で自身とモノと同列に置くことで観客がどのような反応をするのかを模索する。そのために、自身で手を入れた音響装置、美術、ダンスを用いて、劇場空間へどのようなアプローチができるのかを実験する。

 

本を読んでいると、文字の向こうからこちらを眺めている視線を感じる時がくる。

トンネルの入り口から見る遠い出口は、何か懐かしい感覚を私に伝えてくれる。

カメラを構え、ファインダーを覗くと、自分がどこにいるのか解らなくなる。

私はどのようにしてこの真っ暗な空間を捻じ曲げられるのかを考え続ける。

35年間集めた様々なものを使って、ここでどうブリコラージュを行うか。

 

覗いて頂けると幸いです。

公演後書

タイトルについて

私は、「洞」を「ほら」と読みますが、友人は「ドウ」と読みました。衝撃的でした。

漢字は表意文字と言われているそうです。表語かもしれません。本作品のタイトル「洞」の読み方は、ドウ、トウ、ほら、うろ、うつろ、ふか、つらぬなどと読めるそうです。漢字はユーラシア大陸東部で作られ、日本にやってきました。2000年ぐらい前のことだそうです。それから、祖先たちは扱いやすいように漢字の取り扱いを徐々に変化させていきます。そして、今も変化し続けています。漢字と私たちは、一緒に変化してきたのかもしれません。

小学生の頃、自分が発見したものはすでにみんなが知っているものなんだということを知りました。仮面ライダーも、スーパーヒーローも、アイドルでもなく、サンタクロースがいない世界にいるのだと気づきました。それ以降、世の中には大きい池みたいなものであって、人々はそこから何かを引っ張り出してきて、使っているんだろうと考えていました。ただ、自分で何か発見するというのは、気持ちのいいものです。その気持ち良さは、発見の際に快楽ホルモンが出るからだそうです。狩猟時代の名残り、食べ物や危険の発見、日常の中にはそういうことがたくさんあると思います。

プラトンの洞窟の比喩というものがありますが、10年前ぐらい前に知りました。イデアという言葉もそのときに知りました。昔の賢い人が考えたものは、歓喜と落胆を与えてくれました。言葉が使えるということは、知らないことがたくさんあるということです。幸運なことだと思います。

今回の作品では、いろいろなものや物語のモノマネをして、視覚的、聴覚的情報を観客に発信し続けることが最良だとを考えて作りました。劇場内に設置したものを動かすための心臓と血になるためにせっせと働きました。観客の中にイメージが湧き続けていたことを願います。

​2021/3/15 辻本佳

舞台写真 撮影:松本成弘

写真作品

洞シリーズ (2021年)

撮影:辻本佳

『洞#1』(2021年)撮影:辻本佳

『洞#2』(2021年)撮影:辻本佳

『洞#3』(2021年)撮影:辻本佳

『洞#4』(2021年)撮影:辻本佳

『洞#5』(2021年)撮影:辻本佳

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